お寺の掲示板(令和8年2月)
- 木原祐健

- 11 minutes ago
- 3 min read
草加光明寺の掲示板に毎月掲出している言葉をご紹介いたします。取り上げる言葉とその解説は、『お寺の掲示板』(江田智昭著・新潮社)等を参考にさせていただいております。

「幸せだから感謝しているのではない 感謝しているから幸せなのだ」
今月の言葉は広島の浄土真宗寺院、超覚寺の掲示板のものです。 「お寺の掲示板」の江田さんは、これに類する掲示板の言葉として、谷中の寺院の掲示板で見つけた故・松下幸之助氏の 「感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく」 という言葉を引用し、複数の寺院で「感謝」という内容の言葉が取り上げられることに着目します。
江田さんは、感謝する時に発する「有り難う」という言葉が仏教に由来しているという説を、初期の経典『法句経(ほっくきょう)』の中の「ひとの生をうくるはかたく、死すべきものの、生命あるもありがたし」という一節を引用して示します。
江田さんは続いて、
「有り難う」の本来の意味は、「命の貴重さや尊さに対して感動を表明した言葉」であり、それがいつの間にか感謝する際に用いられるようになったのです。ですから、「有り難う」と感謝の意を表すとき、実は同時に「これはめったにない貴重なことだ」という暗示や感動を自分自身の心に与えているのです。
と「有り難う」の意味を示し、
この「有り難い」の言葉の反対は「当たり前」になります。
と、深く切り込みます。
私たちは日常生活の中で惰性に陥りやすく、毎朝目が覚めることは「当たり前」のことだと思いがちであること、しかし、本来は当たり前ではないはずの毎朝の目覚めに対して「有り難い」と感動を覚える人はほとんどいないことを示し、諸行無常や縁起の道理がはたらくこの世において「当たり前」のことは何一つないこと、すべては「有り難い」ことを伝えます。
その一面で江田さんは、わたしたちがすぐに色々なことを「当たり前」と錯覚してしまうこと、たとえば電気が使えることなどの日常生活の「当たり前」も、災害などが起こった際に「有り難い」ことと深く認識されることを伝え、私たちが「当たり前」と思うことについて簡潔な言葉で釘を差します。
何でも「当たり前」と思ってしまうと、そこには感動や幸福が生まれません。
そのうえで、江田さんは精神科医の斎藤茂太先生の「素敵な夫婦関係の決め手は、『ありがとう』のたった一言」という言葉から、「有り難う」という言葉が「当たり前」の日常を貴重なものにしてくれると、「有り難う」と「当たり前」の関係を照らし直していきます。
江田さんは以下のように掲示板の言葉をまとめ、「有り難う」と言える習慣を持ちたいとして、このコラムを結びます。
「有り難う」と数多く言えば言うほど、「当たり前」というゆがんだ認識が正されていきます。そして、さまざまなことに感動を覚えるようになり、まさに掲示板の言葉どおり「感謝しているから幸福」になるのです。 感謝することに関しては習慣による部分が大きいと思います。どんなささいことに対しても感謝の心をもって、「有り難う」と言える習慣を持ちたいものです。
当たり前の日常の中で常に感謝の心を持ち、心からの「有り難う」を言っていくこと。 難しいからこそ、大切な習慣にしていきたいと思います。
引用部、『「お寺の掲示板」の深〜いお言葉』(江田智昭/ダイヤモンドオンライン 2019年9月30日更新)より







Comments