お寺の掲示板(令和8年1月)
- 木原祐健

- Dec 31, 2025
- 3 min read
草加光明寺の掲示板に毎月掲出している言葉をご紹介いたします。取り上げる言葉とその解説は、『お寺の掲示板』(江田智昭著・新潮社)等を参考にさせていただいております。

「俺の敵は だいたい俺です」
今月の言葉は小山宙哉氏が青年漫画誌に連載している『宇宙兄弟』の主人公、南波六太[なんば・むった]の言葉です。作品の中では「俺の敵はだいたい俺です。自分の“宇宙へ行きたい”って夢をさんざん邪魔して、足を引っ張り続けたのは結局俺でした」と言葉が続きます。
『お寺の掲示板』の江田さんは、主人公が発した「邪魔」という言葉に着目します。
この言葉は、お釈迦さまが悟りを開くことを妨害するために現れた悪魔マーラに由来していると言われています。心の中の煩悩の化身であるマーラは、美しい女性3人を送り込んで誘惑するなど、さまざまな妨害行為を繰り広げますが、お釈迦さまは全く動じません。そして、35歳の時に悟りを開かれました。結局のところ、悟りを開く上での最大の敵(邪魔)は、他者ではなく、自分自身の心の中にあったのです。
江田さんは、私たちは外部に「邪魔」や「敵」を作り出してイライラしたり憎悪を抱いたりするが、その根本となる煩悩は自分たちの心の中に存在していることを指摘し、それなのに外部の存在に「邪魔」というレッテルを貼ってしまう自分自身の心の在り方が問題なのだと説きます。
江田さんは「邪魔」という言葉から、私たちの心の闇へとさらに話を広げます。
仏教の教えに真剣に触れることは、自分自身の心の中の「邪魔(煩悩)」を深くのぞくこととつながっています。だから、それは、決して楽しい作業ではありません。仏教の教えは心地良いものばかりではなく、己の心を突き刺してくるようなものも中にはたくさん含まれています。仏法に触れて、自分自身の心の闇の深さが分かれば分かるほど、「自分の敵が自分である」という事実に気付くことができるのです。
江田さんは宗教学者で僧侶の釈徹宗師による「仏法は邪魔になるまで聞け」という言葉を紹介します。「邪魔になるまで」というのは、仏教によって自分の煩悩の大きさが知らされ、結果として仏教の教えが自分にとって邪魔と感じるまで、聞くということです。
なぜそこまでしなきゃいけないのだろう、と思う方もいるかもしれませんが、そのようなプロセスを経ることによって、宗教者にとって最も大切な「生かされている」という感覚が体の底から身に付くのだと思います。ですから、「生涯聞法[もんぽう]」(生涯仏教の教えを聞き続ける)という姿勢が、仏教(特に浄土真宗)では非常に重要とされているのです。
自分の敵となってしまう自分自身を深く省みるとともに、光明寺の法話会を通じて聞法の機会をいただいていることをありがたく思います。
引用部、『「お寺の掲示板」の深〜いお言葉』(江田智昭/ダイヤモンドオンライン 2021年10月18日更新)より









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